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諏訪神社

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由 緒

名称
新発田総鎮守諏訪神社
(旧郷社)
鎮座地
新潟県新発田市諏訪町一丁目一番地
御祭神
三柱
主神 建御名方命
配神 八坂刀賣命
相殿 藩祖溝口大祖源秀勝朝臣命

現在までの社殿建立までの変遷

大化四年(648年) 越後国北蒲原聖籠大字諏訪山鎮座
年代不詳(年号不詳) 佐々木盛綱城西に諏訪宮を勧請とも、佐々木因幡守治長(後の新発田重家)諏訪山より城側に遷座、現在の中曽根に諏訪の木谷内として跡地あれど不詳
慶長年間(年号不詳) 初代藩主溝口秀勝候諏訪の木谷内より御城内古丸に遷座
寛永十五年(1638年) 三代藩主溝口宣直候古丸より鍛冶町へ遷座
元禄元年(1688年) 四代藩主溝口重雄候鍛冶町より泉町(現在地)へ遷座
宝暦六年(1756年) 七代藩主溝口直温公、新御社殿を建立遷座、棟梁大阪宮師鳥居大和守高重(鳥居甚兵衛清直)
平成十三年(2001年) 11月5日未明不審火により全焼
平成十六年(2004年) 8月1日竣功、遷座祭斎行

追 記

平成四年 八月 両部鳥居改築(特殊鋼)
平成六年 一月 御神門建立(再建)
平成十一年 十一月 御神興殿建立(新築)初号碑建立
平成十六年 八月 諏訪大社下賜御柱建て

諏訪名方命は大国主命と高志沼河比売命の御子神で、八坂刀賣命は妃神です。
溝口秀勝公は新発田藩の初代藩主です。
全国に諏訪神社は一万有余社を数え長野県の諏訪大社を御本社としてお諏訪様、諏訪大明神と親しまれ、
敬われつつ幅広い信仰を有し、御神徳の数々は枚挙にいとまはありませんが、
古くからある信仰には飴や風を司る竜神の信仰や、水や風に直接関係のある農業の守護神としての信仰が著名です。
また水の信仰が海野守り神となり、古くからある港の近くには必ずと言っても良い程にお諏訪様がお祀りされております。
神功皇后の三韓征伐や坂上田村麿の東夷平定にも神助ありと伝えられ、第一の軍さ神、武家の守護神とも尊ばれてきました。
 この越後の地に於いても住古比夷の来週に備え、渟足(現在の沼垂)磐舟(現在の岩船)の二柵を奥に当り、
当時越後の民族希薄の為、屯田兵制の如くにして信州民を多く移住させました。
信州民等土地を去るに鑑み諏訪大社を遠ざかるのを嘆き、大祝部家に懇請し、
御神陵一角の浄砂を御分壐と賜り同族の社家を随従せしめて、大化四年渟足、磐舟の二柵の中間浜に安置したのが創設です。
現在の聖籠町大字諏訪山がその跡地で無格社諏訪神社があります。